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ひと・もの・ことをつなぐ。創造性の光をむすぶ。


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ひと・まち・アートを語り合う SCARTS CROSS TALK

札幌にゆかりのあるアーティストや、
文化に関わる活動をされている方を
ゲストに迎えて行う、
札幌市民交流プラザスタッフとの対談。
ゲストの活動の紹介とともに、
札幌の文化芸術活動のいまとこれから、
そして、札幌市民交流プラザに期待される役割について
語ります。

ここから本文です。

谷口顕一郎[彫刻家]×樋泉綾子[札幌文化芸術交流センター SCARTS キュレーター]

1

東京ですれ違った二人が、
札幌で出会い、世界的名作へ挑む。

伊藤
斎藤さんとの出会いは、2016年2月のさっぽろ雪まつり会場でしたね。共通の知り合いだった世田谷パブリックシアターの技術部長から斎藤さんの話はよく聞いていたけど、東京ではずっとすれ違いだった。
斎藤
伊藤さんは新国立劇場の人で、僕はもっぱら世田谷パブリックシアターで芝居をつくっていたから会う機会がなかった。その共通の知り合いから「今度、伊藤ってヤツが札幌行くから頼むぞ!」って電話が来て。最初、流れ者の舞台監督が札幌で仕事を探しているから世話してやってくれという話だと思ったんですよ。そうしたら雪まつり会場で上演予定だったシェイクスピア※の「冬物語」のゲネプロ※に伊藤さんがやってきた。
伊藤
札幌に行ったらまず会いに行け、と教えてもらったのが斎藤さんだったんです。
斎藤
流れ者かと思っていたら、ちゃんとした人だった。伊藤さんの頭の中には、もう新しい劇場のイメージや人材配置とかが描かれていましたよね。札幌の俳優やスタッフの状況を話したり、聞いたりしているうちに、急速に仲良くなっちゃった。今じゃ必要なときも不必要なときも会っちゃう、そんな関係。
伊藤
何も知らない状況で札幌に来たので、表方も裏方も誰に会えばいいのか全然わからなくて。斎藤さんにはたくさん紹介してもらいましたよね。札幌でのこの2年間は相当演劇も観たし、人にも会った。
斎藤
伊藤さんの印象は「ちゃんと演劇の人」。札幌は土地柄、イベントとか音楽とか、演劇以外のこともしながら仕事を成り立たせなきゃいけない状況なんです。東京には、伊藤さんのように演劇専業で、そこに過剰な情熱と経験を持った人が何人もいたけど、札幌にはまだいなかった。だから伊藤さんの存在は、これからの札幌には心強いと思ったし、そういう人材の力を発揮できる環境をつくらなきゃとは思いましたね。 
伊藤
今回、札幌文化芸術劇場 hitaru クリエイティブスタジオのオープニングシリーズに上演するのはサミュエル・ベケット※の名作「ゴドーを待ちながら」。これを選んだポイントはなんでしょうか。
斎藤
2016年の冬、僕が東京から札幌に戻ってきたときに「このまちに圧倒的に足りない」と思ったのが、世界的に流通している戯曲の上演。チェーホフ※、シェイクスピア、ブレヒト※、ベケット。世界の演劇人の中でそれらの作品をどう読んだか、どう演じたかというのは共通言語として語られるのですが、それをこの街のお客さんはもちろん、演劇をやっているヤツらも知らない。その状況が不幸だとずっと思っていたんです。僕は札幌でシェイクスピアもブレヒトもチェーホフもイヨネスコ※もやった。ベケットに関しては、やはり「ゴドー」をやらなきゃいけないと長い間思っていました。
伊藤
このタイミングで「ゴドー」に踏み切ったのは?
斎藤
40歳を過ぎた頃、「そろそろやれるんじゃ」と思ったのですが、僕と同じように40過ぎて札幌でしっかり俳優をやっているヤツが当時はいなかったんですね。ここに来て、いよいよ納谷真大(まさとも)という相手役が見つかった。あとは劇場。僕が運営しているシアターZOOだと規模が小さい。そんなときに伊藤さんからクリエイティブスタジオの話をもらったんですね。そこでリンクした。札幌文化芸術劇場 hitaru クリエイティブスタジオのオープニングシリーズとして、腰の抜けたことをしても仕方がない。オペラで「アイーダ」が来るなら、ストレートプレイ※の世界では「ゴドー」くらいを持ってこないとお客さんが満足しないと思ったんです。それが、「ゴドー」を選んだ理由。

※ウィリアム・シェイクスピア
16世紀末~17世紀初めに活躍した
イギリスの代表的劇作家

※ゲネプロ
ゲネラル・プローペの略。
演劇やオペラなどで上演初日前に
本番通りに行う総稽古。

※サミュエル・ベケット
アイルランド、フランスの劇作家・
小説家。
1969年にノーベル文学賞受賞。

※アントン・チェーホフ
ロシアの劇作家・小説家。
代表作に「ワーニャ伯父さん」
「桜の園」など。

※ベルトルト・ブレヒト
ドイツの劇作家・小説家。
代表作に「三文オペラ」など。

※イヨネスコ
ルーマニアの劇作家。ベケットと
並ぶ不条理劇の代表的作家と
いわれる。

※ストレートプレイ
ミュージカルのような「歌唱」を
用いない、一般的な舞台演劇

伊藤
「ゴドー」は世界的にも有名な作品の一つ。でもチェーホフやシェイクスピアと比べると、予測性のないストーリーですよね。それをあえて選んだというところに、何かもう一つ理由があるのかなと。
斎藤
東京だったら、やらなかったかも。東京で「ゴドー」は随分上演されているからみんな知っているけど、札幌は知らない人が多いと思うから、まずは期待して観に来てくれるんじゃないかな。知っている人は言うんです、「こんな作品で大丈夫?お客さんにわかりづらいんじゃない」って。僕、「ゴドー」は全然難しいと思わないし、むしろ、こんなに面白い台本を日本人はなんでつまらなく上演し続けてきたんだろうって、すごく思っていた。1999年に仕事でロンドンに行ったときにウエスト・エンド※で、ピーター・ホール※の「ゴドー」を観たんですけど、ものすごく面白かった。観に来ているのは演劇通ではなく、観光客らしき人たち。みんなゲラッゲラ笑ってるの。「ゴドー」って、そうできるんです。難解でも不条理でもない、わかる人にはわかる高尚な芸術でもないんです。2000年12月に東京で、佐藤信(まこと)さん演出で、石橋蓮司さん、柄本明さんの「ゴドー」を観たときに「21世紀中にゴドーを面白くする人が日本人にも現れた!」と思いましたね。日本人でもやれると思った。
伊藤
僕が見てきた「ゴドー」も、やはり喜劇には成り得ていなかった。不条理劇というカテゴリの芝居の一つかなと思っていました。
斎藤
セリフ一つ一つをきちんと紡いでいけば、とても面白いんです。チャップリン※とキートン※をイメージした、とぼけた二人の掛け合いになっているんですけど、どうしてこれを難しいことにしちゃうのかなって。
伊藤
今回、斎藤さん自身が演出する、演じるってことについて、過去のものや東京のものと比較されると思うんです。これについてはどう思いますか?
斎藤
比較してほしいですね。そして意見を聞いてみたい。恐らく、東京の環境を基軸とした「ゴドー」とは違うものが札幌で生まれるんじゃないかと思うんです。人によっては物足りないかもしれない。僕は難しいことはわからないから、「わかる人だけがわかる作品」をつくるんじゃなくて、誰もが楽しめる「市民のための演劇作品」にしたい。「ゴドー」を選んだことは、挑戦ですね。
伊藤
「ゴドー」を選ぶって、僕にはすごく大・大・大冒険って感じがするんですね。それに対する自信ってどうですか?
斎藤
まず、福士惠二と高田恵篤という、とんでもない身体性を持つ俳優二人を東京から呼べること。二人とは長い付き合いだから僕としても安心感がある。あとは過去の経験。以前、イヨネスコの「瀕死の王さま」北海道ツアーの中で学校公演をやったとき、子どもたちがずっと笑って観てくれたんですね。そういう積み重ねもあるから、全然心配してないんです、僕。
伊藤
とはいえ、やっぱり「ゴドー」はハードルが高いと思うんだけど。
斎藤
確かにハードルは高いですね。最初は舞台上に二人しか出てこないし。でも観てもらえればわかりますよ。ぜーんぜん、難しくなくやってみせますから。

※ウエスト・エンド
ロンドンの地区名で、劇場が集まる
商業演劇街。

※ピーター・ホール
イギリスの演出家。「英演劇界の父」
といわれている。

※チャールズ・チャップリン
イギリス出身の喜劇俳優で、
世界三大喜劇王の一人。

※バスター・キートン
アメリカの喜劇俳優で、
チャップリンと同じく
世界三大喜劇王の一人。

2

札幌への想いがあふれる、
巨匠・島次郎氏の舞台美術。

伊藤
今回、「ここは他のゴドーと違う」「これは俺のゴドーだ」という点はありますか?
斎藤
ベケットは「ゴドー」に関して「音楽を使うな」と指定しているんです。みんな割と音楽を使っているんだけど、僕は指定通り音楽を入れない。すべて台本通りにやる予定です。だってそれで面白いんだもん。演出的に変わっているところがあるとしたら、島次郎さんの舞台美術かもしれない。ベケットは、舞台上手(かみて)から出てきて下手(しもて)に行く、舞台中央から客席側に向かってこうする、という風に動きを台本に書いているんだけど、今回の島さんは、それが全然できない絵を描いてきちゃった!座る席によってどっちが上手か下手かわからなくて、最初どうしようかなと思ったんですね。でも、島さんのこの挑戦を受け止めるほうが面白いぞ!と思って。昨年、僕がある舞台の代役に立ったときの話ですが…、初日まで3日しかなくてスタッフが誰か考える余裕もなかった。何とか幕が開いて、終わって、お客さんの割れんばかりの拍手の中、逃げるように袖に入ったら島さんが薄暗がりにボーっと立っていたんですね。「島さん、ここで何やってんの?」って聞いたら、「バカヤロー!今回の舞台美術は俺だよ!」って。そのときにひらめいた。この時点で「ゴドー」の話は動いていて、舞台美術は札幌の誰にしようか…と考えていたんですけど、これはもう島さんでいくしかない!と。島さんは札幌出身で、前々から「札幌で何かやろう」と話していたんです。ここで島さんに出会ったのも運命だ!と思っていたら、出てきた美術が僕の予想とは真逆のものだった。この広い劇場の長辺を斜めにしてさらに長く使う。なかなかない舞台組みです。
伊藤
島次郎さんといえば、日本を代表する舞台美術家のお一人。僕からすると「これどうですか?」と下からお伺いを立てる立場ですけど、演出家となると対等の立場。一緒にやるのは難しくないですか?
斎藤
大先輩だし、巨匠だし、ちょっと難しい!島さん、僕が青二才のころから知っていて芝居にダメ出しするしね。今までは演出を介して、俳優と巨匠の舞台美術家という関係だったけど、今回、僕は演出家。気を使ってくれているなと思いますよ。それでも、こんな絵を描いてきて!本当、いい絵を描いてきてくれた。
伊藤
札幌で仕事している島さんは、東京で仕事している島さんとは別人ですよ。こんなに話聞いてくれるの?じゃ、東京にいたときにもっと僕の話聞いてくれりゃよかったのに!って思う。島さん、札幌を本当に愛しているし、札幌で仕事をやりたかったって想いがここに100%出ていますよね。
斎藤
伊藤さん、島さんの名前出た瞬間、顔色変わったよね。すっごくびっくりした。
伊藤
僕の知っている島さんは、色も形も素材も妥協がない。それに対して僕らはサンプルをとにかく出しまくって、出しまくって、これどうですか?って。もう、トップクラスに面倒くさい人ですよ!この作品に島さん呼ぶってなったら、僕はとてもとても重圧がかかるとお伝えしたかった。
斎藤
アハハ!
伊藤
僕はこういう舞台美術の絵があがってくるって、なんとなく想像がついたかな。このスタジオには隠された移動観覧席があるんだけど、スタジオを面白く使ってもらうためには、移動観覧席を出さない状態が一番いいかなと思って斎藤さんに相談したんですよね。それを島さんに提案したら、そのほうがいいねって。実際にスタジオに行って、何もない状態から、ここに台置いて、そうしたらこれだけ距離できるね、あー、面白いねってどんどん話がふくらんで。でもこういう使い方って、体力いるんですよね。人も時間もお金もそうだけど、発想も大事。そして発想を実現させるアイデアも大事。今回、それができるっていうのがすごく良かったし、ありがたい。
斎藤
僕の演出ってそんなに変わってないと思うんですよね、作家の書いたことだけで十分面白いと思っている。それを今いる俳優で、どう面白くしていくかっていうのはすごく考えるけど。今までいろいろな演出家がトライしてきた「斬新さを出す」って欲はないかな。それは僕自身が出演者として相手役と一緒につくっているところも大きいと思う。演出家として新しいことを世に問う、って欲求はない。その代わり、今回の「ゴドー」は島さんが変わったことをしてくれる。

伊藤
舞台照明を、大野道乃さんにお願いした経緯は?
斎藤
島さんの美術をやるなら、東京から演劇専門の照明家を呼んだほうがいいと思ってね。札幌の人がダメっていうんじゃなく、島さんの美術の経験がある人がいいなと。舞台の仕込み時間って限られているから、初めての人だと共有する危機感に向かい合いきれないんじゃないかと思って。島さんとのコミュニケーション経験がある、僕の演出も知っている、僕の作品を北海道でもやったことがある、そして優秀な照明家。そこから自然と導き出された結果が大野道乃さんですね。
伊藤
照明ってなかなか難しいですよね。一本の立ち木があったとしたら、どう光を当てるかで表情も影も全然違ってくる。役者もそう。見え方が全然変わってしまうから、考えの基礎が同じ人じゃないと、美術家からしたら「おい!なんで明かりをそこから狙う」ってなってしまう。
斎藤
そうすると、明かりをゼロから考え直さなきゃですからね。仕込み全部変えなきゃ!え?間に合うの?とパニックになる。
伊藤
照明家によってある程度色を変えていったりする人もいるけど、それを嫌う美術家もいますもんね。もっとじっくりやってよ!とか。そこに合わせていくのは、なかなか難しい。
斎藤
僕もそうだけど、何本か一緒に芝居をつくっていると、その仲間内で共通言語を見出せるんですよね。それも含めて、大野さんはベスト。
伊藤
これだけシンプルな舞台美術だと、照明も攻めようがない。もっと飾ってあると、タッチをつけるとかで逃げようがあるけど。攻めようも、逃げようもない。
斎藤
背景もない。
伊藤
島さんは「こっちが正面」と指定しているけど、正直そう言われないとわからないつくりですよね。だから、それを根底から説明しなくてもある程度わかっているスタッフが座組みにいないと、なかなか大変。
斎藤
おそらく島さんはお客さんが空間に入って最初に見る方向から正面を設定したんだろうね。だから、そういう演出にしようと思う。
伊藤
この美術だと、向きによっては俳優の背中しか見えない。でも、その背中を見ている人たちも楽しませなきゃいけない。すごく難しいですよね。
斎藤
そう!厄介なの、ものすごく。かといって、30秒ごとに俳優の顔の向き変えてもおかしいしね。
伊藤
こっちが全部客席!と決まっている舞台だと簡単だけど、これ360度全方向でしょ?こういうとき、斎藤さんの視点ってどこにあるの?
斎藤
多分、見る方向は稽古のたびに変えると思う。ただ、「このセリフはこの絵」っていうのは演出家としてつくりたいじゃないですか。それはどっちかの方向を取って、どっちかを捨てるんじゃないかな…。どっちもっていうのは、ちょっとあり得ないんで。
伊藤
いいところに座ったなという人もいれば、木の影に隠れてここが見えなかったなという人もいる。難しいですよね…。
斎藤
そう、真ん中に木が立っているから、木を挟んで両サイドに向かい合って立ったら、どのサイドから見ても平等なんですけどね。それでも近くで向かい合わせにすると背中しか見えない人がいる。じゃ、距離を取って向かい合わせに…となると、そんな距離で会話するなんて明らかに変!だから「このセリフはこの絵」というのを、見る方向によって印象が違うってことをわかったうえで決めていくことになるんじゃないかな、と思いますね。

3

北海道だからできるものづくり、
ゴドーを上演する意義。

伊藤
札幌で、新しい劇場でものを創ることに対しての思い、こんな結果を出したいというのはありますか?
斎藤
東京の人にも観に来てほしいですね。先にも話しましたけど、今回の作品は東京では見られない「ゴドー」になると思うんです。僕がチェーホフやブレヒトをやったときに言われたんです、「東京の人って、こういう風にカラッとつくれないのかね」ってね。東京って作品にいろんな思いを込めたり、ねじれた解釈を入れたりして、他と差別化を図ろうとしていると思うんです。そうやって目立たないと作品として生き残れないところもあるんだろうけど…。そういうマーケットなんですよね。でも、そのせいで作品本来のディレクションを失ってしまっている気がする。だから、札幌の「ゴドー」はねじれた解釈などを入れずに面白くつくる。そうすることで、「ゴドー」に限らず、特にヨーロッパ演劇に関しては本来の良さを出せると思うんです。ちゃんと原作の評価ができたり、発見できたりするのが、北海道のものづくりなんじゃないかな。余計なことをせず、原作通りにしっかりやれば普通の人が面白いと思える演劇になる。それをここでつくる先例にしたい。
伊藤
東京は良くも悪くも、たくさんの視点があり過ぎるし、人も多すぎるんですよね。「その演出じゃちょっと…」ってなるから、話をひねり過ぎちゃう。
斎藤
評価軸もそうなっているんですよね。人がどうやったのか、ありきたりか否か。でも、ありきたりって何だろう?作品が持っているディレクションが一番大きいわけだから、それを最大限に研ぎ澄ませて見せるほうに、僕は演出としての興味がありますね。
伊藤
僕はたくさんの演出家と仕事させてもらう中で、演出家って誰もやったことのないものを見つけて人前に出すのが仕事の一つだとずっと思っていた。それを覆されたのが、銀座セゾン劇場でピーター・ブルック※をやったとき。
斎藤
あれは、すごく優れていますよね。余計なことをいっぱい考えすぎて、実は作品の本質から逃げていたんじゃないかとすら思わされる。ピーター・ブルックを観たときは、本当に衝撃だった。
伊藤
削いで、削いで、剥いで、剥いで。本質が面白いっていうのが、初めて僕の中でわかった瞬間。
斎藤
美しいですよね。それだけで勝負できないから、みんないろいろやってるんじゃないかって、勘繰っちゃうくらい。
伊藤
斎藤さんが言っている、札幌だったらそれができるっていうのは、僕もわかるような気がします。
斎藤
僕も何かそんな感じがしている。今までの経験からね。
伊藤
斎藤さんも同じテーマを持っていると思うんだけど、僕はスタッフが働ける環境をつくりたい。舞台だけで食べていける人を育てたいと思っているんですけど、それに関してはいかがですか?
斎藤
そうですね。札幌の演劇って、ずっと若い人たちのものだったんです。20代、30代を過ぎると「いつまでもこんなことしていていいのかな?」と思い始めて、40代になるころには男なんてほとんどいないんです、演劇専業では。続けていたとしてもほかに定職を持ちながら…という状況だったんだけど、そうすると「ゴドー」やチェーホフみたいな作品はいつまでたってもできないんですね。これらの作品には、ある年齢の俳優が絶対必要だし、それを見られないことはお客さんにとっても不幸。20代のうちは同世代の演劇に同世代が共感してくれるけど、演劇にはもっと深い人生ドラマがあって、いろいろな世代の俳優が出てくることで、初めてそのドラマを表現できる。そのためには、伊藤さんが裏方のことをおっしゃっていたように、俳優や演出家も長いことその土地で活動して食えてなきゃ存在し続けられない。今回、20年前には考えられなかった「ゴドー」ができるわけだから、札幌も少しは何とかなってきているのかな。

※ピーター・ブルック
「演劇の魔術師」といわれる、
世界的演出家。

伊藤
全国的に立派なハコ(劇場)ができても、そこでものを創る人がいないというのは昔から相変わらずですよね。札幌に新しい劇場ができることになって、まあ理想に近いくらいの劇場技術スタッフの人数枠はつくれたかなと思っているんですね。そういう裏方の姿って、表方からはどう映っているのかな?
斎藤
まだスタートしていないけど…(対談は2018年9月末)、「こんな人もいるんだ」っていうのは、見え始めているかな。彼らがこれから専門的に動き出して、オペラの舞台とかに付くわけじゃないですか。今回の島さんの美術に関しても、スチールデッキ※を触ったことがない人がほとんどなんですね。先日、かでる2・7(北海道立道民活動センター)での公演のときに、hitaruの機材協力で、そこのスタッフはじめ札幌の演劇人が初めてスチールデッキを触る機会があったんです。どんな重さで、どんな強みがあって、どう扱ったら便利かがわかり始めてきたところ。この劇場が行っている取り組みっていうのは注目すべきだし、そこに入る機材もちゃんとわかっていくべき。そこで行われる仕込みの状態を俳優たちも見ておくべき。それでいうと、かでる2・7のときに割とリハ―サル的なことはできたんじゃないかな。
伊藤
僕が新国立劇場で仕事をしていたときは、こうやって創り手と劇場側の人間が直接テーブルにつくって別に違和感なかったんだけど、札幌ってまだ違和感あるのかなと思う。まずは舞台監督、舞台美術、照明がいて、ある程度出来上がったものを劇場に持ってきて、「こうなります」という流れですよね。
斎藤
そこで、劇場側が「こんなのできません」ってなったらアウト。創り手と劇場の関係ってそれくらいしかなかったんですよね、北海道は。伊藤さんが来たことによって、ようやく札幌でも創り手と劇場の人間が一緒に創っていける場ができたなと。大きな劇場に伊藤さんみたいな人がいると、劇場スタッフを創り手側スタッフの一員的に組み込んで作品を向上させることができる。例えば今までだと「こうやりたい」と希望すると「消防法が…」となっていたところを、同じテーブルにつくことによって、劇場側が僕のやりたい方向で消防法をクリアする方法を考えてくれるし、美術とも話をしてくれる。今までの状況から考えたら夢のような話だけど、僕はこれが当たり前だと思うし、他の劇団の人もどんどん当たり前として経験していってほしい。
伊藤
そのためには、僕ら劇場スタッフの意識も変えていかなきゃいけない。どう話したら伝わるかな…とも考えたけど、話すより見に来てもらったほうがいいかなと思って。仕込みを見に来て、打ち合わせを見に来て、と積極的に声をかけるようにしています。
斎藤
その結果も見てもらいたいですよね。劇場が関わった結果の演劇が、お客さんをどんな顔にさせたか。それを一つ一つ積み重ねていくと、伊藤さんみたいな演劇バカが、この街にまた一人、また一人と生まれていくんじゃないかな。各地にそんな人が生まれていくといいですよね。
伊藤
それが「創造型劇場」と言われるものの第一歩だと思うし、これが札幌にとって良いという評価を得られたらいいですよね。 最後に、こういう作品を札幌で創る意義を聞いてもいいですか?
斎藤
裏方の視点でいくと…劇場の人間が今回の舞台美術を考えたら、消防法とかを考えなくていい簡単な方法があったんじゃないかと。あえて真逆をいくことで、「こういうこともできる」というのを劇場の人間同士でわかりあえるいいケースになったかなと思います。頭ではイメージできても、実際目にしたときの規模ってかなりのものになると思うんですね。いろんな意味で、記憶に残る仕事になるといい。そこにたった4人しか出てこない芝居をやるわけだから、プレッシャーは結構あるけどね。ちょっと心配なのは「これだけのこと、オープニングシリーズだからできたんでしょ?」と言われること。こういう挑戦的な公演や企画って、定期的にやってほしいし、そのたびに体力を蓄積していってほしいですね、劇場側にも、演劇人にも。この公演は、「違う挑戦をしてみたい」と演劇人が思ったり、「やってよかった」と劇場側に思ってもらえるような結果を求められてるんじゃないかな。そういう点では、ものすごく緊張しているんです。実は。
伊藤
最初だから予算や体力があったんだと言われないように、こちらも毎年毎年、計画を立てて頑張らなきゃ。
斎藤
数をやらなくていいから、やるときはきちんと体力を集中させてガツンとやれたらいいですよね。まずは演劇人たちがちゃんと魅力的な企画を立てて、劇場側に「やってみよう」と思わせるものを持って来なくちゃいけないとも思いますし。このまちの財産として、こういう劇場があるのだから、このまちの演劇人が「次はあそこで、こんなことやってやろう」というのを、僕以外の人も考えていかなきゃいけない。
伊藤
継続性は必要ですよね。皆さんには、12月の本番を楽しみに待っていてほしいと思います。

※スチールデッキ
鉄製の平台の総称