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令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 Farewell 2024「くるみ割り人形」観劇レポート

目次

レポート2025年4月26日(土)

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 Farewell 2024「くるみ割り人形」観劇レポート

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 Farewell 2024「くるみ割り人形」観劇レポートイメージ

 2024年12月4・5日に、札幌市教育文化会館大ホールにて公演された、全2幕のクラシックバレエ、「Farewell 2024『くるみ割り人形』」。クリスマス・イブの一夜を描く夢物語は、雪降る12月の札幌にぴったりの演目でした。

令和6年度のSCARTS助成金事業採択公演

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 Farewell 2024「くるみ割り人形」観劇レポートイメージ

 札幌市の文化芸術活動の振興と発展を目的に、令和4年度から始まった「SCARTS助成金事業」は、札幌市内で文化芸術活動を行う個人や団体を対象に、活動費用の一部を支援する助成金交付事業。その令和6年度の特別助成事業に採択されたのが、バレエプロジェクト「Farewell 2024『くるみ割り人形』」です。
 同プロジェクトを立ち上げ、芸術監督・演出・振付を務めたのは、桝谷博子バレエスタジオ代表・桝谷博子さん。「北海道・札幌の子どもたちや、まだバレエを観たことがない方々に、本物の舞台芸術としてのバレエ公演に触れる機会を提供したい」という思いから、2011年よりFarewellのバレエ公演を毎年、実施してきました。
自らもバレエダンサーとして活動していた桝谷さんが、Farewellのプロジェクトを立ち上げるきっかけになったのは、文化庁の移動公演で地方都市などを回った際の経験。バレエになじみがない土地で、初めて生のバレエ公演を目にした観客の喜びや感動を肌で受け止め、「札幌でも小さな子どもがバレエに触れられる公演ができないだろうか」と考え、Farewellの活動をスタートさせました。
 そのため、2日間延べ3回の公演のうち2回は、未就学児も親子連れで鑑賞が可能な自由席スタイル。12月5日夜のみ全席指定(年齢制限なし、ただし子どもの膝上鑑賞は不可)で、チケット料金も公演ごとに異なる設定での開催となりました。

親子鑑賞公演と本公演を鑑賞

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  私は、4日夜(親子鑑賞公演)と5日夜(本公演)の2回を鑑賞。4日に会場の札幌市教育文化会館に到着すると、1階ロビーはすでに人であふれんばかり。やはり親子連れの姿が目立ち、自由席とあって早くから列を作る熱気が感じられました。ホールの入口では、色とりどりのコスチュームをまとった出演者たちがお出迎え。中でもネズミのマスクを着けたキャストが、子どもたちの人気を集めていました。
 私が大ホールを訪れたのは、施設の改修工事が終了した24年秋以降初めてのこと。座席シートが一新され、座り心地が良くなった気がしました。会場は満席で、公演開始前には、演奏を担当した「カンマーフィルハーモニー札幌」の練習の音色に反応した子どもたちが、興味津々にオーケストラピットをのぞき込む様子も見られました。

ナレーションであらすじを紹介

令和6年度 SCARTS文化芸術振興助成金交付事業 Farewell 2024「くるみ割り人形」観劇レポートイメージ

 通常のバレエ公演と違ったのは、第1幕の導入部分でストーリーのナレーションが会場に流れたこと。チャイコフスキー作曲の三大バレエである「くるみ割り人形」は、バレエファンにとっては定番の演目ですが、セリフがないバレエを初めて観る方や子どもたちにとっては、確かにあらすじを事前に知っていたほうが、物語に入っていきやすいなと思いました。また、主人公のクララがクリスマスプレゼントとして名付け親のドロッセルマイヤーから受け取る、くるみ割り人形の小道具も、やや大きめで、客席から見やすいように強調されているのかなと感じました。

 冒頭のクリスマスパーティーのシーンでは、マジックや、オモチャの動きの踊りといった楽しげな演出が多く、観客の目を引きつけます。その後、ネズミの軍勢がクララに襲い掛かるシーンでは、ネズミが登場する際の照明が暗めで、視覚ではっきり認識するまでにやや時間がかかりました。暗闇で何かが動いている想定だったのかも知れませんが、もう少しシルエットが見えたほうが、インパクトがあったかも知れません。

 第1幕の終盤、兵隊としてネズミと戦ったくるみ割り人形が、ドロッセルマイヤーによって王子に変身。夢の中のクララとくるみ割り王子は喜びに満ちた表情で踊ります。24名の雪の精による群舞と、照明で雪を降らせる「雪の国」の演出は美しく幻想的で、HBC少年少女合唱団の澄んだ歌声ともマッチしていました。途中で客席から赤ちゃんの泣き声が聞こえた場面もありましたが、子どもが多い会場の空気感からか、さほど気になりませんでした。

華やかな第2幕から、圧巻のフィナーレへ

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 20分の休憩をはさんで、第2幕の舞台は「お菓子の国」。クララは金平糖の精に姿を変え、スペインやアラビア、中国、ロシア、フランスなど、衣装も動きも違うお菓子の精たちの楽しい踊りが続きます。耳なじみのある明るい曲が多く、甘く華やかな印象。それに続く、クララとくるみ割り王子のパ・ド・ドゥは、振付に男性が女性ダンサーを持ち上げるリフトも多く、個々の技術と力量が問われるシーンでした。

 終幕後のフィナーレでは、オーケストラによるクリスマスソングの演奏に続いて、神父姿に扮したバリトン歌手の則竹正人氏が登場し、「きよしこの夜」を歌い上げました。最後には、神父の白い衣装を脱いでサンタクロースに変身するサプライズ。これは、5日夜にはなかった親子鑑賞公演時のみの演出で、子どもたちを喜ばせていました。
 
 5日夜の本公演も、会場は盛況。プログラムの流れはフィナーレを除き4日と同じでしたが、メインキャストは異なり、金平糖の精とクララを桝谷まい子(桝谷博子バレエスタジオ)、くるみ割り王子を清水健太(フリー/ロサンゼルスバレエ団ゲストプリンシパル)が演じました。特に、第2幕のソロパート、ピルエットやジャンプの見せ場では、大きな拍手が起こりました。細かい感情表現や、ひとつひとつのパの正確さに、より完成度の高さが感じられた本公演でした。
 

観客にとってもダンサーにとっても貴重な機会

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 一般的にバレエは、敷居が高いものと思われがち。あえて子どもたちと親子を集めて開放する鑑賞日を作り、チケット料金設定も公演ごとに変える本公演の試みは、とても貴重だと感じました。また、観客側だけでなく、「多くのダンサーに出演チャンスを与えることで、活躍の機会を作り、経験を積んでもらうこと」も主催者の大きな目標であり、市内15以上のバレエスタジオからのオーディションを経て、大人から子どもまで多くのダンサーが出演。全員によるカーテンコールでは、キャストが舞台いっぱいに並ぶ様が壮観でした。全3回の公演でキャストが替わり、それぞれがその回でしか観られない舞台だったことで、違いを見比べる楽しみもありました。

生の舞台鑑賞が心を揺らし、感受性を育てる

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 今回の公演鑑賞と会場の空気を通して、バレエは総合芸術であることを再認識しました。たとえば感受性豊かな子どもたちが「くるみ割り人形」と出合った時、バレエダンサーに憧れを持つ子がいると同時に、オケで楽器を弾いてみたいと思う子がいるかも知れない。美しい衣装やセットを見て、将来それを作る人になりたいと思う子が現れるかも知れないし、スポットライトを当てる照明係に興味を持つ子がいる可能性もあります。

 それはたぶん、パソコンやスマホの画面を通した映像体験とは異なるもの。ステージ上のキャストと観客が劇場の空気を共有し、互いの心が「共振」する感覚からしか得られない、原体験だと思うのです。自分自身は文章を書く仕事に就きましたが、幼い頃から知らず知らず演劇やバレエなど生の舞台に多く触れてきた経験は、自分の血肉になっていると感じています。
A.Iの活用が声高に語られている昨今ですが、人工知能に感情はありません。時代が移り変わっても、感動で心を震わせることができるのは人間だけの特権だと、改めて感じた、温かいバレエ公演でした。

                            (フリーライター 矢代真紀)