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ひと・もの・ことをつなぐ。創造性の光をむすぶ。


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不確実さを受け入れる―コロナ禍で過ごした新しい時間と制作

 「西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト」は、札幌文化芸術交流センター SCARTSが開館年(2018年)より継続的に行っている映像制作のプロジェクトです。毎年1組ないし2組の作家に依頼し、4面プロジェクションで構成された横長の特殊スクリーンと、歩行空間という特徴を生かしながら構想された映像作品の制作を行っています。完成した作品は、それまでに制作された作品とともにプログラムを組み上映され、上映される作品は年々増えていきます。

 このプロジェクトの2020年度の委嘱作家として、世界的に活躍する映画監督/アーティストのアピチャッポン・ウィーラセタクン氏に制作を依頼しました。アピチャッポン氏は、2001年にNPO 法人 S-AIRの招聘を受け、札幌での滞在制作を行っています。自身にとってもはじめての経験となったこの滞在制作は、S-AIRのスタッフはもちろん、そこに関わる学生やボランティアスタッフ、近隣の住人や同じレジデンスアーティストとも関わりあいながらの、思い出深いものになったといいます。
 それから約20年が経った今、あらためて札幌と関わりを結び、作品を残してもらえたらと、NPO法人S-AIRの協力のもと、このプロジェクトへの参加を依頼しました。

 作品「憧れの地(The Longing Field)」は、2020年初頭から続く、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行の中で制作されました。世界中の多くの国や都市がロックダウンを経験し、国から国への渡航はもちろん、国内の移動すら制限される状況が長く続いています。制作を依頼した当初は、このような終わりの見えない状況になるとは、誰も予測できていなかったでしょう。人の移動が止まり、物事の動きが遅くなり、誰もが自らの暮らしや生き方について考えを巡らさざるをえないようなこの特異な期間に、作家は何を考え、作品に残したのでしょうか。

 作品が完成し、西2丁目地下歩道での上映を開始した2021年4月、今回の作品や現在の状況について、アピチャッポン氏にオンラインインタビューを行いました。


パブリックな空間へのアプローチ

アピチャッポン・ウィーラセタクン氏

アピチャッポン・ウィーラセタクン氏

SCARTS:今回、西2丁目地下歩道映像制作プロジェクトのために制作していただいた作品は、あなたにとって初めてのパブリックアート作品であると伺いました。日常的にさまざまな人の目にふれたり、通り過ぎるだけの人がいるような空間に作品がインストールされるというのは、劇場での上映とは随分と異なる状況だと思うのですが、この空間についてどのように考えながら進められましたか?

アピチャッポン:空間を行き交う人々というのは、みんな違ったリズムを持っています。それから、みなさんの心の中を占めているものも、さまざまです。とても多様だと思います。その全ての人のための作品を設計することは難しい。だから、もし自分が観客だったらどう感じるかなと考えながらつくりました。作品に惹かれて歩く速度がゆっくりになるかもしれないし、そうではないかもしれない。どのように反応するかはその人次第です。記憶の中を通りぬけるような感覚になるかもしれません。

SCARTS:西2丁目地下歩道の作品というのは、空間を意識したインスタレーションだと捉えることもできると思います。あなたはこれまでにも、いくつものインスタレーションを手掛けていらっしゃいますが、例えば美術館などで制作をされるときも、同じような考え方なり、アプローチで制作されているのでしょうか。

アピチャッポン:展示空間でのインスタレーションとも通じるものがあるとは思います。でも、やはり今回すごく意識したのは、“作品の前を通り過ぎていく人がいる”ということです。ギャラリーや美術館であれば、また違ったデザインになっていたかもしれません。以前、公園を会場としてインスタレーションを制作したこともありますが、それもどちらかというと、オープンな展示室のような感覚でした。しかし、今回の西2丁目地下歩道は本当にパブリックな場所です。通り過ぎる人それぞれに、向かう先や仕事があります。動きがある。そのような場所で、どのようにすれば、みなさん自身の空間を尊重できるだろうかと考えました。そこで、作品をサイレントにすることを決めました。
 地下歩道には既に、人々の足音やざわめきがあります。環境から聞こえる音や、みなさんが体の中にもっている音、そういったものと私の作品の音とが競うように存在してしまうのは、好ましくない気がしたんです。

SCARTS:ありがとうございます。確かに、地下歩道は足音や会話、時にはエスカレーターのアナウンスも流れるような、ざわざわとした空間です。一方で、あなたの映画作品ではいつも、画面の奥に実際に何かが居るかのような、奥行きと立体感のある音づくりをされていらっしゃるので、出来上がった作品がサイレントだったことに驚いていたのですが、今のお話を伺って納得しました。
 今回の作品の中には、バンコクで行われたデモの映像も含まれていますね。数万人が集まり、平和的に座り込みをしたデモだったとニュースでも拝見していましたが、やはりそこには熱狂した人々の姿があります。一方、この作品が流れている札幌の地下歩道というのは、熱狂のない、日常の中の静かな通路です。制作する際に、タイと札幌との空気の差異であったり、歩行空間の静けさとタイの路上の熱狂といった対比を考えられたのでしょうか。映像から受け取るタイと札幌との距離感のようなものが、とても印象的だと思いました。

デモ参加者が掲げるスマートフォンのライトが、星のように見える

アピチャッポン:ありがとうございます。路上のデモのイメージを使ったのは、ひとつは集合体としてのイメージが欲しかったからです。このシーンでは、人々が持つ携帯電話からたくさんの光が発せられています。まるで、個々の星が銀河を形づくっているかのようです。私にとってそれは、一種の風景(ランドスケープ)のように見えました。
 それ以外にも、幾重にも重なった夢のようなものをつくりたかったんです。この作品を編集している間はロックダウン中だったので、外に出ていくことができませんでした。だからこそ、共同体のようなものを求めていたんです。

重なるイメージと言葉

SCARTS:作品の構造について伺いたいです。西2丁目地下歩道にはプロジェクターが4台設置されていますが、初期の段階から、3面のスクリーンとして使いたいという希望が出ていましたね。画面を3つにした意図を教えてください。

アピチャッポン:うーん、そうですね、自分でもあまり分からないのですが、直感に従いました。どのような作品にしようかと考えているときに、4つの映像を映すとは考えていなかったんです。複数のブラインドが動いて切り替わっていくようなイメージを描いてはいたのですが、8つの映像が一斉に動くのは多過ぎるのではないかと思いました。観客にとっても情報過多です。そこで、映像を減らしました。

3つのスクリーンに2つずつ、合計6つのイメージが交差する

SCARTS:なるほど。今回の作品は、交差するイメージの中で詩が表出する、とても複雑な作品だと思います。映像と言葉の組み合わせについて、伺えますか。

アピチャッポン:このプロジェクトはやはりとても直感的と言えるのかもしれません。作品の組み上げ方もそうだと思いますが、時間の過ごし方という点でもそうです。ロックダウンの間の、日記のようなものですね。私はロックダウンの間、日記をつけるように撮影をし続けていました。最終的に作品として現れたものよりも多くの撮影をしていました。それは、記憶の断片を重ねていくような作業でした。

SCARTS:「言葉」ということでいうと、タイトルもとても印象的です。タイトルの「憧れの地(The Longing Field)」にはどのような意味が込められているのでしょうか。

アピチャッポン:タイトルに用いた「憧れ(Long)」には3つの解釈があります。ひとつ目は、交流への憧れです。私も長い間、犬と家にいるだけで人との交流がない状態でした。ふたつ目は、自由への憧れです。もちろん私はどこにでも行けるし、作品のように、自然の中で過ごすこともできるのですが、しかしタイでは軍事政権の独裁者の下で暮らしているという感覚が拭えず、「自由」というのは、手に入らないもの、絶対に届かないものであるように感じています。それから3つ目は、昨年末に急逝したアーティストの友人への追悼です。これらのすべての要素が、タイトルに込められています。

《憧れの地(The Longing Field)》より

《憧れの地(The Longing Field)》より

札幌で過ごした時間

SCARTS:今回、作品をつくっていただきたいと考えたときに、まずS-AIRの柴田さんに相談をしました。そこで2001年に札幌に滞在されていたときの過去の作品や、いろいろな思い出を聞かせていただきました。その中で、あなたが返信用葉書のついた風船を大量に空に放つパフォーマンスをされたと伺いました。葉書にはAre you happy?と書いてあって、富良野に新婚旅行に来ていた夫婦が「私たちは今最高に幸せです」と返信をくれたそうですね。とても素敵だと思います。今回の作品についても、アーティスト・ステートメントの中で「札幌の友人たちへ宛てたビデオレター」だと書いていらっしゃったのですが、手紙というところや、遠くにいる誰かへ届けるという意識が、両者に共通しているように思いました。それはもしかすると、あなたの作品全てに共通する意識なのかもしれませんね。札幌に滞在されていた時のことで、印象的な思い出があれば伺いたいです。

アピチャッポン:札幌は、私にとって初めてのレジデンスの経験でした。私は自分のキャリアの中で、それほど多くのレジデンスに参加してきているわけではありません。ですから、S-AIRは特別な存在であり続けています。
 札幌での滞在中は、作品をつくるつもりではなく、街や地域に溶け込んでいくように過ごしていました。だからこそ、風船に葉書をつけて飛ばすというアイデアが生まれたのかもしれません。2001年に滞在した地域の人たちだけではなく、その先の人たちとも繋がりたいと思ったんです。ちょうど滞在中に9.11がおきました。私はショックを受け、多くのことに対して疑問を持ちました。それは私にとって、世界に問いかけなければならない瞬間だったと思います。

新しい時間

SCARTS:最後の質問にしようかなと思っているのですが、現在の新型コロナウイルス感染症の流行による状況についてです。本当なら札幌にお越しいただいて、展示の最終確認も一緒にできればベストだったのですが、この状況でそれも叶わなくなってしまいました。現在、世界中でさまざまなジャンルのアーティストやクリエイターが困難な状況に陥っていると思うのですが、その中で、あなたが今どのような表現活動を継続されているのか、また、今のような状況に対してのメッセージがあれば教えてください。

アピチャッポン:私たちはみんな、同じような状況に直面しています。プロジェクトの進め方が遅くなっているんです。私もちょうど今、別のインスタレーション作品の制作に取り組んでいるのですが、こちらも予定より3ヶ月も遅れています。でも私は、スケジュールに遅れが出ないように神経を尖らせるのではなく、今はゆったりと構えているんです。今は受け入れるしかないですし、ある意味これは、時間のプレゼントなんだと思っています。この不確実さは、受け入れてしまえば、実はとても心地よいものなのかもしれません。

SCARTS:ありがとうございます。新しい時間や状況を肯定的に捉えるということですね。たしかに、目的地に向かって急いで歩くあまり、周りが見えなくなってしまうことも多くあります。立ち止まって考えてみるための時間なのかもしれませんし、そう思うと、大事な時間のようにも思えますね。
 本日はありがとうございました。西2丁目地下歩道は公共空間なので、たくさんの人に見ていただけますし、さまざまなリアクションが私たちのほうにも返ってくると思うので、またお伝えしますね。

アピチャッポン:ありがとうございます。楽しみです。今回、このプロジェクトに参加できたことを光栄に思います。

SCARTS:コロナが落ち着いたらぜひ見にきてください。

アピチャッポン:はい、ぜひそうしたいです。

(2021年4月 オンラインにて収録)


西2丁目地下歩道映像制作プロジェクト
https://sapporo-community-plaza.jp/archive_nishi2chome.html

場所:札幌市中央区北1条西2丁目
(さっぽろ地下街オーロラタウンより直結)

上映時間 9:00~21:00

企画・運営:札幌文化芸術交流センター SCARTS

憧れの地(The Longing Field)

<2020年度委嘱作品>

アピチャッポン・ウィーラセタクン
『憧れの地(The Longing Field)』(9分 ループ)

闇や光、夢や記憶が現実と重なる白昼夢のような作品で知られるタイ出身の映画監督・アピチャッポン・ウィーラセタクンによる映像作品。2020年、新型コロナウイルス感染症拡大に伴いロックダウンしたタイで過ごした静かな日々や、移ろう季節、首都バンコクで目にした若者たちによる抗議デモの様子が、まばたきのように交差する。作家の過ごしたコロナ禍の特異な時間を記録し、かつて滞在した札幌の友人たちへ宛てたビデオレター。

アピチャッポン・ウィーラセタクン

1970年タイ・バンコクに生まれ、タイ東北部イサーン地方、コーンケンで育つ。コーンケン大学で建築を学んだ後、シカゴ美術館付属シカゴ美術大学で映画制作修士を取得。1993年に短編映画、ショート・ヴィデオの制作を開始し、2000年に初の長編映画を制作。1999年に「Kick the Machine Films」を設立。既存の映画システムに属さず、実験的でインディペンデントな映画制作を行っている。長編映画『ブンミおじさんの森』で2010年カンヌ国際映画祭最高賞(パルムドール)受賞。映画監督として活躍する一方、現代美術作家としても映像インスタレーションを中心に旺盛な活動を行っている。2013年に福岡アジア文化賞を受賞。札幌との関わりとしては、2001 年に札幌を拠点に活動する NPO 法人 S-AIR の招聘により、札幌にて人生初の滞在制作を行っている。