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ひと・もの・ことをつなぐ。創造性の光をむすぶ。


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ひと・まち・アートを語り合う SCARTS CROSS TALK

札幌にゆかりのあるアーティストや、
文化に関わる活動をされている方を
ゲストに迎えて行う、
札幌市民交流プラザスタッフとの対談。
ゲストの活動の紹介とともに、
札幌の文化芸術活動のいまとこれから、
そして、札幌市民交流プラザに期待される
役割について語ります。

ここから本文です。

1

札幌初上演・展示となった〈映像演劇〉。
新型コロナウイルスによる延期や
会場変更の影響は?

※この対談は上演・展示の開催前日に行ない、
岡田利規さんはドイツ公演のため
リモートでご参加いただきました。

丸田
今回、札幌文化芸術劇場 hitaruと、札幌文化芸術交流センター SCARTSの連携事業として、“チェルフィッチュの〈映像演劇〉「風景、世界、アクシデント、すべてこの部屋の外側の出来事」”が実現しました。hitaruもSCARTSもそれぞれに特性があり、さまざまな職能を持つスタッフが在籍しているのですが、お互いに協力して何かできないかという話になったときに、いつもはダンスや演劇を中心にプログラムを組んでいるクリエイティブスタジオを展示という形で使えないかという提案がSCARTSからありました。その中で、チェルフィッチュの映像演劇が候補にあがり、岡田さんにお声がけしました。
小山
演劇公演と展覧会と、二つの形式をまたぐような作品である映像演劇の展覧会をhitaruと連携して開催することは、SCARTSにとってもとても広がりのあることだなと思っていました。演劇公演と美術展では、やはりつくり方にさまざまな違いがありますから、その違いを意識しながら準備したことも、個人的には面白い経験でした。SCARTSにはテクニカル部門があり、作家と併走しながら展覧会をつくっていきたいという思いがあるのですが、今回も岡田さんに映像演劇の展覧会を一緒につくりませんか、というところからはじめましたよね。
丸田
当初の打ち合わせでは2018年に熊本市現代美術館で開催した時※1の作品も含めた展示にしよう、という話もありましたが、進める中で、札幌では完全な新作にしようということになりました。
岡田
映像演劇はまだ始まって間もないプロジェクトで、作品数もまだそんなに多くないんですよね。熊本市現代美術館で、ほぼ個展のようなかたちで6作品つくったというだけなので。だからとにかくどんどん新作をつくりたいんですよ。札幌でそのチャンスをもらえたのはすごくうれしかったです。
山田
熊本の時、これはいい形式を思いついたという実感が、岡田さんにも僕にもあって、かなり盛り上がりました。映像演劇は続けたかったし、それを続けるための機会をいただけたのは、本当にうれしかったです。
丸田
作品は、3月上旬から札幌に3週間滞在してつくっていただきました。ちょうど新型コロナウイルス感染症の影響で様々なイベントが中止になるなど、いろいろな施設が閉鎖し始めていた時期で、もう少し時期が遅かったら、滞在制作自体実現しなかったかもしれません。展覧会の会期を延期し、会場をクリエイティブスタジオからSCARTSコートへと変更し実施しました。今考えると、あの時期はさまざまな判断を迫られた時期でしたね。
小山
会場や会期が変更になったことで、作品や制作にどんな影響があったと思いますか?
岡田
クリエイティブスタジオの展示設営を含めて3週間だったものが、思いがけない事態で変更になりました。展覧会が延期になった分、本来のスケジュールだったら会場の設営をする予定になっていた時間をクリエーションにあてることができたのはとてもラッキーでした。映像演劇のクリエーションのプロセスで一番重要なのは試行錯誤なんですよ。役者にとっても、自分が演技した映像がニュートラルなスクリーンにではない、カーテンとかパーティションに投影されるとそれがどう見えるかというのは、やってみないとわからない。実際に見てみると、「なるほど、こういう風に見えるのか、じゃ、こういう風にやるともっと良くなるだろう」と演技を変えていく。ひたすらそれを繰り返して、少しずつ、少しずつ、良くしていくんです。映像演劇の創作の醍醐味です。今回はそれを実際の会場でじっくりやることができました。映像演劇は撮ってしまえばこっちのものなので、会期が先に延びることによってマイナスの影響は別に被らない。この作品を見せられる時がいつか来ると信じることができますからね。
山田
そうですね。クリエーションに時間が取れたのも良かったし、3Fのクリエイティブスタジオから1FのSCARTSコートに展示会場が変更になったのも良かったですよね。僕らが撮影のために滞在しているときというのは、コロナの影響でいろんなイベントがなくなりだしているときで、SCARTSコートの利用予定が空いていたんです。上で撮ったらすぐ下に降りてきて※2プロジェクターで実際の展示と同じように投影する、という作業を繰り返せたのはラッキーでした。もともとのスケジュールだったら、そんな風に撮影しながら投影もして、つくりあげることはできなかった。あと、作品に会場のお隣にある喫茶店(MORIHICO.藝術劇場)の取り込みを思いついたことが、やっぱり印象的なできごとでした。
岡田
そうですね。
山田
「仕切り壁が仕切りを作っている」という、一人の男が、仕切り壁のすき間から向こうにある喫茶店を覗きこみながら世界に呪詛を吐くというような作品をつくりました。この作品は、滞在初日にこの場所を下見したときにすぐ思いついたんです。こういうコンセプトでいこう!と思いついた瞬間というのは、かなり盛り上がりましたね。
小山
展示会場の特性だったり状況を取り入れるのは、すごく面白いなと思いました。3Fのクリエイティブスタジオって、音がほとんど響かないデッドな空間で、しっかり遮音もされているので、そもそも余計な音がほとんどないんです。対してSCARTSコートは、隣に喫茶店はあるし、会場の前をたくさん人が通っていくし、開かれた場所で。今回会場が変更になったときに、もちろん当初はクリエイティブスタジオを想定して構想を練っていたので、同じように外界から遮断された空間をどこまでつくれるのだろうと思っていたんです。でも場所が変わることでやはり作品の構成が変わり、実際に試しつつつくっていく中で、その場所の特色自体を作品に取り込むというアイデアが出てきたときに、ハッとしました。
岡田
与えられた状況を使って作品をつくるのは、基本的なことです。思ってもみなかった要素を取り込めるから楽しいですよね。すぐ隣にカフェがあって、そこから音が聞こえてくるという環境はとても面白い。見ている人の耳がその音を、作品鑑賞を妨害するノイズみたいに認識してしまうんじゃなくて、作品を鑑賞することによってその音が気になってしまう。投影された映像上の俳優の演技によって観客の意識がその場の環境に向く。このアイデアを思いつけたことにとても満足しています。
丸田
岡田さんが午前中にテキストを書かれて、午後に現場に入ってからはずっとテキストを読んで撮影をして、またテキストを読んで…を繰り返されていて。滞在期間を最大限使って作品をつくっている姿を見ました。
小山
SCARTSは展覧会をつくる仕事が中心ですし、私も美術のことをずっとやってきたので、演劇の制作現場に立ち会うこと自体あまり経験がなかったのですが、今回現場に参加することができてとても面白かったです。本当にストイックな現場だなと思って見ていました。朝、岡田さんがテキストを書いてきて、そのテキストを読むところから始まって、役者さんが演技をする。それを繰り返しながら、岡田さんと役者さんでセリフ自体を磨きあげていく作業をしていましたよね。それがとても興味深かったです。岡田さんによって書かれた言葉を、役者さんが自分の身体を通して外に出すときに、やっぱりその人それぞれの発話の仕方、語り方があって。岡田さんの場合、役者さんがあるリアリティをもって発話できるように、一緒にブラッシュアップされていくんだなと見ていて思いました。もちろん演出家によってさまざまな演出の仕方があるのだと思いますが、岡田さんの演出の過程や、チームとして一つの作品を磨き上げていく過程を見ることができてとても刺激的でした。
丸田
毎朝、テキストが少しずつ変化していくのが印象的でしたね。

※1:『渚・瞼・カーテン』
チェルフィッチュの〈映像演劇〉
2018年4月28日~6月17日
熊本市現代美術館

※2:滞在中は2FのSCARTSスタジオに
撮影セットを組み、撮影を行っていた。

2

時事的な捉え方。想像力への投げかけ。
〈映像演劇〉の面白さとは。

山田
熊本市現代美術館のときは、全部で6作品つくりました。それぞれの作品は独立したものなんですが、見ていくうちに、共通したテーマや気付きがあるようなものになっていたんです。その第2弾を今回、札幌でやることができたと思います。「世界をすぐにでも変えたい」というセリフがあるんですが、そのセリフの聞こえ方が、新型コロナのこの状況を経て変わったような気がしています。熊本のときにはなかった感覚をつくる側も使っているし、見る側にも同じことが言えるかもしれない。きわめて時事的な要素が強い作品のような気がしていますし、いま見るのにすごくビビットなものがある4作品ができたなと思います。映像演劇って、社会状況とかをつぶさに取り入れることができるフォーマットのような気がしているんです。今こういう状況じゃなかったらつくれなかったような作品ができたんじゃないかなと僕は思っているのですが、岡田さん、どうですか?
岡田
映像演劇の演劇と違う点は、役者が生身で演じるわけではなく、撮影された演技の映像が投影されているということです、って、当たり前なんですけれども。でも、これはとてもおもしろいことです。役者はここにいない。つまり、現在を知る由のない過去のログなんです。にもかかわらず、いま目の前に役者がいるような気がする。いま起こっていることのような気がする。「にもかかわらず」という状況がかえって生々しい、ということは、不思議な感じを呼び起こします。で、そのことと、映像演劇の作品を時事的に感じることは、多分、なんとなく、つながってる。
小山
この作品を見ていると、衣装ですとか役者さんの表情や動きを、考えながらじっと見てしまいます。どうしてこんな動きなのか、何を表しているのだろうか、と。
岡田
それは映像演劇というより、僕の演劇の特徴じゃないですかね。
山田
映像演劇がほかの映像と大きく違う点かもしれないと思うことがあります。それは、現代に生きていたら10分もの長さを持つワンカットの映像を見ることなんてほとんどないんですよ。そして、カメラも動かない。そういうものを見るということが、映像演劇の重要なフォーマットなんです。カメラは動かないし、シーンは変わらないし、時間も飛ばない。となると、もうそれは役者のものすごく微細な手の動きとかを見るしかないじゃないですか。ほかに追いかけるものがない。そういう微細さへの集中力を観客に要求して、その関係で成り立つものが映像演劇だなという気がしています。だけどそのことは多分、岡田さんがやっている演劇と同じことだと思うんです。余計なものを突っ込まない。突っ込まないことによって見えてくることをソリッドにやる、というようなことは共通していますよね。

岡田
役者がずっとそこにいるということはものすごく情報量が多い。「ただそこにいるだけ」というのでは断じてないです。
小山
気になるところを近くまで行って観察したり、役者さんを凝視することもできる。そういう点が、通常の演劇公演と違うところで、より自由に見られて面白いところでもありますよね。
岡田
そうやって楽しんでもらえたらうれしいです。映像演劇の演技に対しては、生身の人間にだったら不躾になるような接近が遠慮なくできる。そういう体験はあまりできないですのでぜひこの機会に。
丸田
2020年2月から今日までの間、私たちは新型コロナウイルス感染症の拡大により今までにない経験をする中で、この映像演劇の制作現場に入らせていただきました。制作時に感じた作品の見え方と、4カ月経った今感じる作品の見え方は違うと思いました。タイトルにある「部屋」という言葉から思い浮かべるイメージも、2020年の2月までとその後では、違うように思います。岡田さんがおっしゃっていましたが、映像演劇は時を経ても、時間も場所も役者さんも変わらない。それを見たときに受ける感覚の変化は、自分の変化の写し鏡なんだと感じました。
小山
今回の作品のタイトルって、とても印象的だなと思うのですが、自分の中でのタイトルの捉え方自体も、時間を経る中で変化していったように思います。それがすごく不思議でした。それだけ、見る人の想像力に投げかけられている作品だったと思います。見る人はもちろん、見る時期によってもきっと違う感じ方、捉え方になると思います。今後、別の場所で見る機会があったときに、自分が一体どんな捉え方をするのかと考えると、今から楽しみです。

3

札幌での上演 ・展示を終えて。
〈映像演劇〉というジャンルを広めたい。

岡田
〈映像〉も〈演劇〉もありきたりな言葉なんで、それを組み合わせただけの〈映像演劇〉という言葉もすごく地味で、チャーミングじゃない(笑)んだけれども、でも、映像演劇っていうのは、ちょっと珍しい何かなんですよね。実際体験してくれた人はわかってくれるんですけれども。映像演劇をまだ体験していない人に映像演劇とは何か、どうやって伝えればいいのか、良いアイデアを随時募集しています。
山田
「映像演劇」を見たことがあるのは、さいたまトリエンナーレ2016、熊本市現代美術館、札幌市民交流プラザに来てくれた人だけ。その人たちから、「映像演劇とはこういうものだ」みたいな何かが、どんどん広まることを願っています。真面目な話、新しいジャンルだと本当に思ってるんです。真似してもらっていいし、このジャンルで他の誰かに新しい作品をつくってほしい。だって、演劇というものを発明した人が演劇を独占しているわけではないですから。
岡田
映像演劇はオープンソースですから。
山田
そう、オープンソース。だからこの形式を面白いと思ってほしいし、真似してくれる人が出てきたりしてもいいと思っているし。とにかく映像演劇というジャンルの発展を願っているという感じです。
丸田
今回「高い穴のそばで」という、耳で聴く作品が一つありましたが、今後拡張していく可能性はありますか。
岡田
あれはラジオドラマのような映像演劇と言えばいいのかな、そうですね、ぜひ拡張していきたいですね。
山田
「高い穴のそばで」は、下をのぞきこんでいるという観客の体の状態を使ってみたいというアイデアを岡田さんにしゃべったところから始まったんです。下に穴があってそこに映像が映るみたいなことです。それは字幕だけでいいような気がするという話を岡田さんにして、二人でアイデアをもんでいったら、これはもはや字幕もいらないのでは、という話になり、映像のない映像演劇ができあがったんです。
丸田
初・映像のない映像演劇ですか?
岡田
テキストによる映像演劇っていうのは熊本ですでにつくっていますね。でも音声の映像演劇っていうのは、今回が初めてです。
丸田
映像演劇のあり方って、すごくいろいろな可能性がありそうですね。今回をきっかけに、映像演劇という新しいジャンルに挑戦する人が現れることを期待したいと思いますし、そうなるとうれしいですね。