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人間の記憶 ―私たちはどこから来て、どこに向かっているのか― を一貫して探究する小田香が、巨大な構造物のある札幌の地下空間に着目した映像作品。普段は立ち入れない不可視の地下に、プライベートな情景・洞窟・宇宙といったさまざまなイメージを投影し、16ミリフィルムで撮影している。人々の営みによって都市の地下に積み重なった時間を複線的に捉え直し、私たちが今立っている空間と時間の原初へと想像を導いてゆく。
Kaori Oda consistently seeks for human memories―Where are we coming from and where are we going to―. In this piece, she dives in to the underground paths in Sapporo beneath its enormous landscape aboveground. She projects everyday lives and sound footages of Sapporo in the past decades, as well as repetitive caves and holes, or images of the universe. The locations where she projects these moving images are normally closed to public. This film shot in 16mm considers layers of the time lived by the people, redefining them as multi-track timeframe. It invites us to imagine the space where we exist now as well as the very beginning of the time.
地下の世界は真っ暗で、光で照らさないと何も見えない。うつらない。暗闇を光で照らす作業は、その空間を光で彫刻する行為のような気がした。照らし方によって、見える面が、その見え方が変化する。今回札幌で撮影した空間は、雨水を運ぶ管だったり、雪を溶かすための槽だったり、公園の噴水下、地下鉄のちょっと奥など、私たちの日常の隣にありえる場所だ。我々はそれらの空間を通して、宇宙に出た。138億年といわれる時空に接触を試みた。
何に耳を澄ませていたのだろう。石や星、家族の思い出、それらを繋ぐ穴たちを空間に投影することで、私たちはそこにある痕跡を見出そうとするよりは、私たちの痕跡を残そうとしてるのかもしれない。あるいは、古い跡に新しい跡を重ね、私たちもここに来たぞ見たぞ居たぞと、いくつも重なる層のひとつとして発信し、発見されたいのかもしれない。地下の痕跡はいずれ地上に顔を出すだろう。人間たちがいたことを表す層は綿々と積み重なっていく。
小田香
1987年大阪府生まれ。フィルムメーカー/アーティスト。イメージと音を通して人間の記憶(声)―私たちはどこから来て、どこに向かっているのか―を探究している。2013年、映画監督のタル・ベーラが指揮する映画作家育成プログラムfilm.factoryに参加し、2016年に修了。ボスニア炭鉱を撮った長編第一作『鉱 ARAGANE』(2015)が山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門にて特別賞を受賞し、各地の国際映画祭等で上映。『セノーテ』(2020)にて第1回大島渚賞を受賞。2021年、第71回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
photo : Kenzo Kosuge